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前回、大見尾根をアタックした時に素通りしてしまった大見のツーリングスポットを巡ってきました。

大見を調べるにあたってこんなものを見つけました。

http://www.city.kyoto.lg.jp/kensetu/cmsfiles/contents/0000039/39482/sankoushiryou-new.pdf


大見の当時の生活がけっこう生々しく書いてあったりして非常に興味深い内容となっています。
時間がある方は一読することをおすすめ。



それでは廃村大見レポ、どうぞ。
長いので前後編にわけることにしました



走ったルート

大きな地図で見る








旧花背峠で林道ウマウマして
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旧花背峠は距離・状態共におすすめできる林道






百井峠を通り大見へ向かう
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大見に行く途中にある百井の集落にて、名物の大原小学校百井分佼。(D地点)
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1991年に休校とのことだが、実質的な廃校である







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休校から20年が経つものの、状態は思ったよりも良好。
きっと地元の人たちが綺麗に手入れなさっているのだろう。
蛇口を捻ると、まだ水が出た。
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ここで子供たちが遊んでいたのだろうか





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時計は7時33分を差したまま止まっている





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一番奥の建物






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窓が抜けていたので、覗かせていただいた





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中を覗くと調理場のようだった。
ここで児童の給食が作られていたのだろう、どんなメニューだったのだろうか。
中央の釜が印象的だった





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ここも開いていたので、お邪魔することに





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こちらは体育館のようである





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床が抜けそうな感じはまったくなかった





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児童が作ったと思われる恐竜のオブジェ。
夜中に見たら間違いなく腰を抜かしそうだ





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廃墟探索の基本は「イジらない」。
最低限のマナーも守れぬ輩が多すぎる





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机の上にポツンと置かれていた1枚の写真。
いろいろ想像して、胸が熱くなる






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職員室と思われる





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各部屋に1台ずつストーブが備え付けられていた。
冬はさぞ厳しかったことだろう





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校舎の一番左





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窓の外から1枚。
この廊下を児童が元気よく走る姿が脳裏に浮かぶ。
しかし、この校舎にその光景が再び訪れることはないだろう





どうかこのまま綺麗な状態を維持してもらいたいものだ。
やや複雑な心境に浸りながら、百井分校を後にする。






で、今度は京都北山修道院。(E地点)
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村上春樹著『ノルウェイの森』に出てくる「阿美寮」のモデルになったという説があるとのことだが、とにかく人気がない。
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はっきりいって、相当に不気味である





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別にキリスト教が変な宗教だとは思っていないが、とにかく、本当にどこか気味が悪い。
ここは早々に立ち去ることにした。






京都北山修道院を後にし、大見入り。
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大見の伝統的な埋葬法は土葬(棺おけは座る形)であったというが、これも土葬なのだろうか。
立ち去る際に一礼した






この墓地の横が、ずっと一度行ってみたかった尾見分校跡。(F地点)
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昭和48年に廃校ということは、西暦換算すると1973年。実に約40年の月日が経っていることになる。
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これが名物、ジャングルジムの木である





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廃校時から生えたとすると、樹齢38年…





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ブナの木らしいが・・・







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自然の力強さを感じる





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ほぼ全ての建物の窓は塞がれているため、中がどんな構造なのかはまったくわからない





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ここのみ、わずかな隙間から中を撮影することができた





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体育館のようだった





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これは・・・?






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階段はすっかり苔むしている





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どういう意味?





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なお、廃墟探索の際はこんな穴や





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こんな穴に十分注意する必要がある。廃墟には必ずといっていいほど蛇が出てくる





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井戸?





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これは倉庫?






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校庭の真ん中に立ち、校舎を眺める。
かつてここに児童が通い、学問を学び、校庭を走りまわったとはにわかに信じ難い。それくらい建物は朽ち、殺風景な光景が拡がる。
今はただ、かつての光景を想像するしかない。
(現役の頃の写真がありました!こちらでみれます)






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校庭の真ん中には朽ちた百葉箱がポツンと立つ。
その姿はどこか寂しそうだ






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これはシーソーの跡であろうか





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もう紅葉が始まっている木があった。
秋は着実に近づいている






様々な思いを胸に、尾見分校を後にする。
次は思小淵神社。(G地点)
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花背側から来た場合は道が開けたあと、左に注意しながら進むとすぐに見つかる。百井方面から来た場合は名物0.5tの鉄板ブリッジを抜けた後、右に注意しながら進むとよい。




思小淵神社は荒れていた。
鳥居は朽ち果て、社務所が建っていたと思われる箇所は残骸と化し、境内へ架かる橋は崩れていて渡れなかった。
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鳥居はわずか2本の支柱を残すのみ





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あとかたもなく崩れてしまっている





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橋が崩れてしまっており向こうへ渡ることができない





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本体はなんとか持っているようだった。
橋の向こうからそっと手を合わせる





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あまりの荒廃ぶりに言葉を失う。これはかなり可哀想な状態であった。
あと何年もつのだろうか。おそらく10年、もって20年といったところであろう。
大見を静かに見守ってきた思小淵神社。手を合わせ、どうかがんばってくださいと祈り、よくがんばったねと、鳥居に手をかけた。
思小淵神社に限らず、荒廃し、人々の記憶から忘れ去られてしまう神社も多いことだろう。
少し物悲しい気持ちになりながら、思小淵神社を後にする。
大見の三又を曲がり、北東の尾越へ向かう。(後編へ続く)